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zoom RSS 第3回日本GP「プリンス R380 #8」

<<   作成日時 : 2007/01/26 01:45   >>

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日本GP / 生沢徹コレクション」第二弾は、予告どおりEBBRO製プリンス R380 #8」。

1965年の日本GPがキャンセルされ、ポルシェ904に優勝をさらわれた第2回日本GPのリベンジに燃えるプリンス自動車が、1966年5月3日開催“第3回日本GP”に満を持してエントリーしたのが4台のワークス・マシン(ファクトリー・マシン)「プリンス R380」。

プリンス自動車は3ヵ月後の8月1日、事実上日産自動車に吸収合併されますから、プリンス最初で最後のプロトタイプ・レーシングカーが「R380」です。

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この年、黄色く塗られた「8号車」に乗る生沢は、文字通り“チームプレー”に徹しました。

当時ポルシェ日本総代理店だった“ミツワ自動車”が、日本レース史上屈指のプライベーター「滝新太郎(滝レーシング)」の為に、当時の“世界メーカー選手権”2L以下クラス最強を誇ったレーシングカー「ポルシェ 906(カレラ6)」を、はるばる極東の島国まで輸入したのです。
そのカレラ6を、生沢は完全にブロックする事に成功。
チームオーダーで先行させた砂子義一の「プリンス R380 #11」が悠々逃げ切り優勝しました。
プリンス自動車は最後に、見事雪辱を果たせたのです。

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後に“一匹狼”と呼ばれる事になる“プリンス有終の美”陰の立役者生沢は、この年を最後にヨーロッパへと主戦場を移し、ひとり日本を離れました・・・。


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       左「EBBRO 1/43 プリンス R380 #8」 右「EBBRO 1/43 ポルシェ 904 GTS #1」

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      手前「EBBRO 1/43 プリンス R380 #8」 後方「EBBRO 1/43 ポルシェ 904 GTS #1」

一部のレースファンから、「904 GTS」のデッドコピーと囁かれた「R380」。
EBBRO製1/43「プリンス R380 #8」の出来も、正直今ひとつ。
モールドが若干甘く、色のせいか全体のシルエットも実車より“ボテッ”と見え、「日本GP / 生沢徹コレクション」の中では、残念ながら最下位かな。

ブラバムBT8を流用したシャーシに架装された、2年前のマシン「904 GTS」より洗練されない無骨なボディカウル。
水平対向4気筒DOHCに較べ、明らかに重心が高く、長いクランクシャフトから高回転(=高出力)に不利な直列6気筒DOHC「GR8」エンジン。
私個人の意見ですが、間違いなく“劣化コピー”に見えます。

それでもレースでポルシェを打ち負かし、その後「スカイライン GT-R」に搭載される名機「S20」の母体となった「GR8」エンジンを開発した、プリンス自動車技術陣の栄光を汚すものは何もありません。



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