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zoom RSS '68日本GP Part1「ポルシェ 910 カレラ10 #28」EBBRO 1/43

<<   作成日時 : 2007/02/07 20:34   >>

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日本GP / 生沢徹コレクション」とりあえず(?)最後を飾るのは、EBBRO 1/43ポルシェ 910 カレラ10 #28」。

少年の頃、タミヤ模型の同モデルを作った方も多いと思います。
ほら、パッケージ(外箱)を思い出しませんか?
特に「1/12 ビッグスケール」は高価で、とうとう買って貰えなかったなぁ (´・ω・`)ショボーン

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今大会から「第〜回」が外され、単に「'68日本GP」と正式呼称が変更されたのと同時にレギュレーション(出場規定)も大幅変更、当時アメリカで大人気の“Can-Am(カナディアン-アメリカン)シリーズ”マシンがそのまま参加出来るようになりました。
即ち、日本でも本格的大排気量オープン2シーター・レーシングカー時代が到来すると共に、「トヨタ」「ニッサン」2大メーカーによる激突が幕を開けたのです。

トヨタは“ル・マン24時間レース”出場を目指し開発していたクローズドボディ(屋根付)マシンを急遽オープンボディに改装、「トヨタ7(3L)」をデヴューさせました。
一方ニッサンも、同じく“ル・マン24時間レース”参戦を目標に開発中だったクローズドボディ型「R381」の屋根をぶった切り(!)、“オープン2座席カンナム仕様”型「R381」を送り出したのです。
日産陣営はレース直前まで、エンジンは自社開発“5L V12”と発表していましたが、開発の遅れからなりふり構わず、メーカーチーム(ワークス)にあるまじき他社製“シボレー 5.5L V8 OHV”を載せると言う、異常な作戦を決断しました。

そんなニ大メーカー決戦ムード漂う中、待ったとばかり、最強のプライベートチーム“滝レーシング”が割り込んだのです。
'68日本GP用に“シボレー 5.8〜6.3L V8 OHV”「ローラ T70 MkV」2台他大挙エントリー。
そのエントラントの中に、生沢徹選手(以下 テツ)の「ポルシェ 910 カレラ10 #28」もありました。
如何にポルシェ・ワークスの一員として認められ本社直々にメカニックを派遣されようとも、“たった2L”のマシンでは明らかに非力すぎ、優勝など狙えません。
唯一最大の武器は“滅多に壊れない”その類まれな耐久性だけ。

結果から言えば、先行する大排気量マシンがことごとく脱落、優勝こそ「ニッサン R381 #20」の北野元選手に奪われたものの、テツの「ポルシェ 910 カレラ10 #28」は見事2位でチェッカーを受ける大健闘。
そして、3位(黒沢元治選手)から5位まで同じく2Lの「ニッサン R380-V」が占め、ローラは全滅、「トヨタ7」は8位、9位入賞するのがやっとでした。
恐るべし、ポルシェ!

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ボディスタイルおよび細部の進化がハッキリ分かる、第4回日本GP優勝車「ポルシェ 906 カレラ6 #8」とのツーショット。

タイヤ(ホイール)の小径化によりフェンダーの盛り上がりが小さくなり、テールエンドの“コーダトロンカ”も一段と潔さが増しました。
各部の更なる曲面化と併せ、空気抵抗低減による最高速度とボディリフト改善が大幅UP。

そうそう、忘れてならないのがBSタイヤの進化(?)。

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今現在も含め、最も好きな“2Lクラス・ クローズドボディ・レーシングカー”。

それにしてもテツのカラーリング&ステッカー・センスは、どのマシンも素晴らしいと思います。
さすが日大芸術学部卒 q(´▽`)p

<参考>
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日本GP / 生沢徹コレクション」シリーズ通しての参考文献&個人的お宝「チェッカー旗(フラッグ)はまだか」「生沢徹のデッド・ヒート」「生沢徹のレース入門」。
当然、すべて初版本の三冊・・・て、増刷はあったんかい?



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