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zoom RSS 1964「プリンス スカイライン GT S54 #41 第2回日本GP」EBBRO 1/43

<<   作成日時 : 2009/02/21 19:56   >>

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前回記事に引き続き、「スカイライン伝説 第1章」をご紹介。昔の記事重複をご了承下さい。
1964年第2回日本GPで、全国のモーターファンを熱狂させた元祖「スカイライン神話」。
ドライバーは云わずと知れた、我が永遠のヒーロー「生沢徹」そのひと (T_T)

PRINCE SKYLINE GTB S54B RACING #41
1964 Japan Grand Prix
Tetsu Ikuzawa
One of 2880pcs.
EBBRO 1/43 396





今から2年ほど前、とある実車併売ショップさんの倉庫で眠っていたモノを発掘、エブロさん初期のデッドストック商品を運命的に新品購入しました。
上記商品名記載内容はパッケージ書き優先しましたが、本来、レース当時「B型」の分類は無く、正しくは「SKYLINE GT S54」が正しい表記だと思います。
一部、レース・ホモロゲーション用に生産した最初の100台を「S54A-1」とする説もあるようですが、当初からこの型番だったかは疑問です。

エブロ製モデルは、水平基調のボディ・ラインやフロントドアから前を200mm延長されたロングノーズなど、実車の雰囲気を見事に伝えます。
ウインドサッシやピラーの忠実な再現は、グリーンハウスから上、上屋部分がプラ製の為せる業。
この部分を不用意に掴むと、バキッと嫌な軋み音がして、少々焦ります (^^ゞ



左「スカイライン GT #41 1964 第2回日本GP」、右「スカイライン スポーツ #40 1963 第1回日本GP」。

モデルカーの比較ではありますが、明らかに「#41 S54」の車高が低く下げられてます。
また、「#41 S54」の車幅は僅か1,495mmで、現在の軽自動車と大差ありませんから、より細長いシルエットに映ります。
2台を並べると、どちらが新型車なのか判別出来ないと言うか、「スカイライン スポーツ」のスタイルが際立ちます。
さすが、ミケロッティ作 (*^_^*)


手前「スカイライン GT #41 1964 第2回日本GP」、奥「スカイライン スポーツ #40 1963 第1回日本GP」。

ライバル他社にスカイラインGTの性能に追いつくマシンは無く、いよいよ桜井眞一郎氏率いるプリンス自動車チームが、前年の屈辱を晴らす準備は整いました。


ところが、第2回日本GP開幕直前、思わぬ伏兵が出現します。
西ドイツ(当時)本国でも発表されたばかりのニュー・マシン「ポルシェ 904 カレラ GTS」が、病院経営者の“御曹子”式場壮吉氏によって、急遽、メインレースである「GT-2」クラスにエントリーされたのです。

「ポルシェ 904 カレラ GTS」はナンバー取得可能なマシンとは言え、本来なら、同クラスで走ること自体不条理な相手。
一説には、前年GP勝利が広告効果抜群だったにも拘らず、注目の「GT-2」クラスに対抗出来るマシンを持たないトヨタが、式場氏に資金提供他便宜供与したとされます。
この件に関して、式場氏は「日本の名レース100選 Vol.25 '64 第2回日本GP」単独インタヴュー記事で完全否定していますが、トヨタの契約ドライバー(T-6クラスにクラウンで出走)でもあった式場氏との関係は・・・?

方や国産ファミリーカー・ベースの突貫工事で開発された、高々125馬力の2L・OHC・直列6気筒エンジン搭載の4ドア・セダン。
もう一方は、FIA-GTクラス参戦を目的に開発された、見るからに重心が低く、180馬力を絞り出す2L・DOHC・空冷水平対向4気筒エンジンをミッドシップした、殆んど純レーシングカーに近い2座席・スーパー・スポーツカー!
正味な話、勝ち目の無い勝負に急変しました・・・ (-_-;)



レース前の予選2日目に事件が起こります。いえ、正確には事故です。
式場氏の904が大クラッシュして、ノーズを大破しました。
その被害はシャーシまで及び、一時は決勝レースへの出走が絶望視されたほど。
他人の不幸とは言え、プリンス自動車チームが、内心小躍りして喜んだのは間違いなかったことでしょう。

ところが、破損した904は名古屋(!?)へ移送され、二晩に渡る徹夜作業の後、再び鈴鹿サーキットのグリッドまで自走する奇跡的復活を遂げました。
応急修理で甦ったものの、式場氏本人の話では、ポテンシャルの半分も出せないどころか、ストレートを真っ直ぐ走るのさえ困難な状態だったそうです。
それでもスタートからトップに立ち、順当にレースをリードしたのは、やはり根本的な、レーシングカーとセダンの格差でしょう。

そして、7周目、神話が誕生します。
ヘアピン手前で周回遅れマシンを抜きあぐねる904を、背後の生沢「スカイラインGT #41」が躊躇いなく抜き去り、そのままグランドスタンド前をトップで駆け抜けたのです。
舶来品信仰が根強かった当時、高価な自動車は最たるものだったはず・・・事実、当時の国産車の性能・品質レベルでポルシェと比較するなど、足許にも及ばないことでした。
奇しくも東京オリンピックが華々しく開催されるこの年、一瞬でも国産車が外車を蹴散らす爽快感は、当時の日本人にとって快哉に値する、高度経済成長の“希望の灯(ともし)火”でもあったと思います。

すぐさま8周目にトップを奪い返した904は、そのまま1位でゴールします。
9.4秒差で砂子義一の「スカイラインGT #39」が2位に飛び込み、調子を崩した生沢は3位に終わりました。
確かに優勝したのはポルシェですが、観衆(そして、TV観戦した多くの国民)の目に焼きついたのは、たった1周トップを走った「#41」、白いスカイラインGTだったのです。





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