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zoom RSS 「TOYOTA 7 #2 1968 日本GP」EBBRO 1/43

<<   作成日時 : 2010/06/11 01:36   >>

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ひどく古めかしく見える2座席プロトタイプ・スポーツカーは、4月にエブロからひっそり発売された(?)、1968年日本GP(F1じゃないよ)で“怪鳥”ニッサンR381に惨敗したトヨタ・チームの1台・・・#2のドライバーは由緒ある血筋の継承者、福澤諭吉の曾孫にあたる“サチオ”こと福澤幸雄でした。




こう云う日本のモータースポーツ創生期のレーシングカー(そして、Oldies)を出してくれるからこそ、エブロさんのブランド価値は保たれていると思います。

フロント両サイドのチンスポイラー(今風に言うとカナード)が肉厚すぎる以外、特に気になる点はありません。
GOODYEARのホワイト・レターがイカしたタイヤはほど良い“厚み”と“大きさ”だし、素朴な深リム・ホイールも懐かしいデザインをリアルに再現しています。
後方から覗くサス、ミッション、エンジンなどの省略具合もまあまあ合格点。
現在あまり見られないVバンクの谷間側から排気するレイアウトも、排気管がリアカウル上に露出する「#1」「#2」と、カウル内通過収容する「#3」「#5」を、各々マシン毎に作り分け再現しています。
実車ボディ・カウルはFRPですが、まるで鎧のようなデザインはダイキャストの質感がジャストマッチして、久しぶりに購入後の満足度高いエブロ製品です。

それでも難癖つけるなら、実は商品名にも「BLACK」と明記されますが、当時のレース記事の「#2」カラーは“緑”となっています?画像を検索すると、かなり濃色に間違いありませんが、明快に“黒”とは断定出来ない感じ・・・(-_-;)


1960年代の日本GPは、保護主義的自動車産業が本格的なモータリゼーションを迎え、トヨタと日産を筆頭に国内メーカーが自社の技術力をアピールして成長拡大する、絶好の機会と捉えていました。
その過激な争いを「TN(トヨタvs日産)対決」、あるいは「TNT(トヨタvs日産vsタキ・レーシング)対決」とマスコミが煽り、火を噴くようなレースが毎年繰り返されたのです。
前年に為す術も無く、生沢徹の「ポルシェ・906(カレラ6)」が優勝するシーンに指をくわえたトヨタ・チームは、旧プリンスと合併した日産チームを叩き潰すべく、当時のグループ7に準じた新型マシン「トヨタ7」を実戦投入しながら改良を重ね、1968年5月3日の日本GPに挑みました。

ヤマハが開発したオール・アルミ・ブロックの3L・V8・DOHC・16バルブ(気筒当り2バルブ)「61E型」エンジンに、日本電装(現デンソー)が当時の技術を結集して作り上げた燃料噴射装置を組み合わせ、トヨタ第7技術部が「415S型」アルミ・モノコック・シャーシに搭載して完成させたトヨタ7は、残念ながら、なりふり構わず勝負に出た櫻井眞一郎率いる日産チームのシボレー製「5.5L・V8・OHV」ムーンチューン・エンジン搭載R381勢に対して、戦う前から力負けしていたのが事実です。
案の定、旧富士スピードウェイ・6kmフルコースを80周(480km)する長丁場のメイン・レースは、北野元が操る「#20 R381」が21周目からトップを譲らずに総合優勝。2位には生沢の2L「#28 ポルシェ・910(カレラ10)」が食い込む健闘を見せ、トヨタ7勢は「#5」大坪善男の総合8位(GP3クラス優勝)が最高位で、予選6番手の好位置からスタートした「#2」は、39周から58周まで2位を快走するものの、ドライブシャフト破損でリタイヤ(14位)しました。


このモデルの本当の価値は、ドライバーだった福澤幸雄にあると思います。

前述した家柄に加えギリシャ人母の血も引くハーフの彼は、彫りが深く愁いを帯びたハンサムな顔・・・アパレル・メーカー「エドワーズ」の取締役部長兼モデルを務める才能にも恵まれ、タレントの小川知子(最近見かけませんねぇ)を恋人に持つ絶頂期を迎えます。
時を同じくして脚光を浴びた、小説家・大薮春彦の描く主人公のモデルとも噂されました。



しかしながら、このマシンに乗った翌年2月、ヤマハの袋井テストコースで新型トヨタ7(真偽不明)を試走中に、彼は25歳(!)の若さでこの世を去ります。
この時、トヨタは言語道断にも事故車輌を始めとする全面的な証拠隠滅を図り、その後遺族から訴訟を起こされ和解しますが、1970年鈴鹿サーキットで再びトヨタ7のテスト走行中に川合稔が事故死すると、グループ7および、ル・マン挑戦を視野に入れていたグループ6・マシンの開発を凍結しました。

今から40年以上前、トヨタと日産のシェアが拮抗し、技術力では日産が上回っていた、信じられない時代の遺産です。

TOYOTA 7
#2 Sachio Fukuzawa
1968 Japan GP
1/43 EBBRO 43851






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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
moonwalkerさん こんばんは。
今回の車もまったく未知の世界でしたが、面白い記事ですね(^^)
リンクを貼られてるNISSAN R381も含めて勉強になります。
ミニカー屋さんにいる時、明らかに年上の男性が、
この車の赤色を購入されていました。
予備知識も無く単純に「カッコ良いなー」と眺めただけなんですが、
このような背景があったとは。

確かに今のレーシングカーはカッコ良いですけど(個人的にはめちゃくちゃ好き)、昔のレーシングカーに比べたらガキっぽさが否めない気がします。

ミニカーもレースもほんとに奥が深いですね〜m(_ _)m
kenken
URL
2010/06/11 02:16
こんばんは、kenkenさん。

底の浅い男の書く記事なので、みなさんにどこまで“深さ”を伝えられるか・・・ドラマを感じ取って頂ければ幸いです。
サチオや生沢、国光しかり、昔の“スター”には眩しいほどオーラがありました。
ただし、さすがに1968年日本GPのリアルタイムな記憶はありませんけど (^^ゞ
moonwalker
2010/06/11 18:49
レーシングカーってどんなかたちしてんのって言われたら
真っ先に頭の中に浮かぶのがこのトヨタ7です。
これにジェットヘルにゴーグルというのが
私の「レーシングカー&レーサー」のイメージです。(^^ゞ
ガン
URL
2010/06/12 16:35
こんばんは、ガンさん。

>ジェットへルにゴーグル
「マッハGO!GO!GO!」の世界ですね (^^♪
moonwalker
2010/06/12 22:14

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