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zoom RSS LeMans 1969「フォード GT40 #6」ixo 1/43

<<   作成日時 : 2007/07/19 19:26   >>

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1969年ルマン24時間レースで、僅か120m差でポルシェ悲願の総合優勝を更に一年阻んだ、ジャッキー・イクス/ジャッキー・オリバー組「フォード GT40 #6」。

1969年優勝車の1/43モデルは数社から発売されています。
現在、最も入手容易なのはBang社製ですが、残念ながら私の目にはまるで“装甲車”のように映り、フォードGT40に見えません (T_T)
そして、抜群のモデリング・スタイルに惚れたのが、
FORD GT40 #6 Winner Le Mans 1969/J.Ickx - J.Oliver」ixo 1/43。

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当時ですら既に時代遅れを感じさせた、“男臭い”無骨なスタイルも捨てたもんじゃありません (^_^;)
何故か、バンカラという表現が頭に浮かびます。

いつからかGM(ゼネラルモータース)に抜かれNo,2メーカーに甘んじたフォードは、シェア奪回の為、購買意欲旺盛な若年層ユーザーに高性能をアピールする手段として、1960年、世界最高峰のモーターレース「ルマン24時間レース」挑戦を決断します。
そして1963年、有名なフェラーリ買収失敗と同時に「SVA(スペシャル・ヴィークルズ・アクティヴィティ)」プロジェクトをスタート。
翌1964年、英国フォード子会社「FAV(フォード・アドヴァンスト・ヴィークルズ)」をイギリスに設立、「フォードGT」開発を本格化させました。

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標準型「GT40」と外見上最大の相違点は、よりファットなタイヤとマッチョなリアフェンダー。
ミッドシップされたウェスレイク製スペシャルヘッドを持つフォード「90度V型8気筒OHV 4,942cc」エンジンは、最高出力425馬力を発揮しました。
エンジン上に載るのはインジェクション(燃料噴射装置)でなく、4基の「ウェーバー 48IDA」キャブレター(気化器)。

一般に「フォードGT」と呼ばれるマシンの相関図は、想像以上に複雑です。
GT40の名称は、全高40インチ(実際は40.5インチ)に由来する・・・実は、そんな話は序の口!
大雑把に分類すると「Mk T」「Mk U」「Mk V」「GT40」「J car」「Mk W」、そして「P68/69」ですが、市販ロードカーVer.「Mk V」を除外するとして、JWチームの「GT40」は明らかに標準市販タイプと異なりますし、その改良発展型「ミラージュM1」も“一族”に名を連ねる存在。
ん?正しくは、「GT40」→「ミラージュM1」→JWチーム「GT40」?
大体、「P68/69」てナンなのよ!?

その、あまりに難解でドラスチック過ぎる詳細を知りたい方は、檜垣和夫著「スポーツカープロファイル・シリーズ2 フォードGT(ニ玄社刊)」をご覧下さい (^^ゞ

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抑揚に富み、均整の取れた筋肉質的美しさを見せる、素晴らしいサイド・ショット。
オレンジに塗られたスポークにセンターロックの三角スピナーも、実に良いアクセント・・・褒めすぎ?(^_^;)

JWチーム(JWオートモーティブ・エンジニアリング)の“ボス”ジョン・ワイアは、FAV設立当時のマネージング・ディレクターに就任しますが、1965年にマシン開発主導権がアメリカ本社へ移ると、66年にFAVは役割を終え解散されます。
そしてその後、FAVの設備を譲り受け“JWチーム”を設立(67年)しましたが、フォードとの契約で、FAVの業務、つまり「GT40」の製作とアフターサービスも請け負いました。

実は、主導権をアメリカ本社に奪われた英国フォードとFAVによる、「GT40」の空力性能と重量を改善する“独自改造プロジェクト”が存在しましたが、他社以外、身内からのライバル出現を察知した本社は、即、中止命令を出しました。
ジョン・ワイアは、JWチームのニューマシンとしてこのプロジェクト復活を働きかけ、見事、フォード本社から了承を獲得します。
「GT40」と較べ、ルーフを絞り小型化されたキャノピー、ボディと滑らかに一体化されたインテークなどにより、懸案だった空気抵抗は大幅に改善。
また、スチール・モノコック・シャーシと一体の鋼板製ルーフをアルミ合金に変えるなど、約70kgの軽量化にも成功。
こうして産まれたのが「ミラージュM1」です。

結果的にアメリカ本社が開発した「Mk W」と競い、67年シーズン1勝を挙げた「ミラージュM1」ですが、FIAのレギュレーション変更に伴い、JWチームは68年シーズン以降再び「GT40」で戦う事になります。

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左上、「ポルシェ 908 ロングテール #64」EBBRO 1/43。
最終ラップにトップが4度入れ替わる激闘の末、ブレーキパッド磨耗で“ブレーキ競争”に敗れました。

FIA(国際自動車連盟)が排気量制限を課したことにより、「ミラージュM1」は68年マニュファクチャラーズ・チャンピオンシップ(世界メーカー選手権)へ出場出来なくなります。
JWチームは、排気量5L以下で年間生産台数50台以上のグループ4公認取得済み「GT40」を再び舞台へ戻しますが、その車体は、実は「ミラージュM1」 M10002/M10003を“逆改造(1074/1075)”したものでした。
因みに、1969年ルマン24時間レース優勝車「#6」は、前年68優勝車「#9」と同一の1075で、タネ車はM10003です。
1075は通算11戦6勝(うちルマン2勝!)を誇る、名車中の名車。

GT40化に伴いルーフ形状はアルミ合金のまま戻され、ボディカウルやドアなど、まだ一部の航空機部品以外一般的でなかったカーボンファイバーを先駆的に使用しました。
また、ワイドタイヤ採用によるリアフェンダーの膨らみが“標準型”GT40と違います。
更に、フォード・エンジン(4.7L/5L)のシリンダーヘッドは、前述したウェスレイク製スペシャルに換装されました。

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右後方「ポルシェ 917 ロングテール #12」EBBRO 1/43。
予選で、同型「#14」を操るロルフ・シュトメレンが前年ポールタイムを12.5秒も短縮してポールポジション(3分22秒9)を奪い、「#12」も20時間目トップを快走しながら、惜しくも両車リタイヤしました。

69年のルマン24時間レースのスタートには、例年と違う二つの事件がありました。
ひとつは、翌日のフランス大統領選挙投票に配慮したゴール時間繰上げの為、スタート/ゴールを午後2時にしたこと。
そしてもうひとつ、「#6」スタート役のイクスが“不必要に危険な”ルマン式スタート抗議の意味を含め、三色旗が振り下ろされると同時に一目散に走り出す他のドライバー44人を尻目に、ゆっくりとマシンへ歩み寄り、丁寧にシートベルトを着用・・・なんと、先頭マシンがグリッドを離れて優に1分以上後、悠然とスタートしたのです。
まあ、それでもイクスは優勝しました (^o^)丿

70年からルマン式は廃止、一般的なローリングスタートが今日まで続きます。

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私はこの時代の、個性溢れるスポーツカー(レーシングカー)が大好きです。
そして、今より単純で、何より人間臭いバックストーリーを知ることが楽しく、資料に目を通すのが一向苦になりません。
やはり、変わり者の為せる業でしょうか (*^_^*)

ixoのフォードGT40は人気が高く、店頭はおろかヤフオクなどの市場でも滅多にお目にかかりませんが、繊細でリアルなモールディングやインテークなどの薄くシャープな造形は、コストパフォーマンスを含め、素晴らしいの一言です。
1968年仕様「#9」も是非入手したいのですが、以前、廉価版に相当する「ixo-Altaya製」を数度見た記憶がある位で、現在も物色継続中。
情報、或いはお譲り頂ける方がおいででしたら、何卒ご一報の程、よろしくお願い致します m( _ _ )m



追記
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ニ玄社刊 檜垣和夫 著
フォードGT Mk1/Mk2/Jcar/Mk4/GT40/P68/69

「スポーツカープロファイルシリーズ」第2弾。
複雑な「フォードGT」の系譜を分かりやすく詳細解説。
そして、本当は違った「ガルフ・カラー」エピソードなどトリビア満載 (^^♪



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