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zoom RSS さらば、ホンダF1 「RA-099 プロトタイプ 1999」MINICHAMPS 1/43

<<   作成日時 : 2009/04/08 19:14   >>

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今回は、ホンダF1に無関心な方、以前紹介した「ホンダ RA099 プロトタイプ 1999 MINICHAMPS 1/43(削除済)」ご覧の方には恐縮ですが、意識的に避けていたF1の話題も便乗したいと思い、改訂版再UPしました。
通称“白いホンダF1”と呼ばれた開発コード「RA-099」は、第3期F1参戦復帰のテスト用プロトタイプです。

Honda RA 099 Prototype
J.Verstappen
1999
MINICHAMPS 1/43 436-990099





そんな“幻のホンダF1”も、ミニチャンプス(PMA製)から、シリアルナンバー付の立派なBOXパッケージ発売されてます。

生産個数11,111・・・多過ぎません?(^^ゞ




BOX上蓋内側には、実車画像と共に、簡単な紹介&諸元が記載されてます。
テストドライバーを担当したのは、ヨセ・フェルスタッフェン。

搭載エンジンが「無限-ホンダ MF301」となってますが、当時、ジョーダンなどに供給された「無限-ホンダ」エンジンは、紛れも無い「Made in 栃木(本田技術研究所 栃木研究所)」。
F1との係わりを断ち切らぬよう、規模を縮小しながら、技術者達に開発を継続させていました。




ミニチャンプスさんのモデルは、もっと複雑な形状再現したF1最近作に較べ、大分“おおらか”な感じ・・・パーツの分割ラインやモールディング、もう少し工夫出来たんじゃない?
一番残念なのは、ダイキャスト製吊り下げ式フロントウイングの造形と、ステーが異様に太く厚いこと。
今ならきっと、ステーから下すべてプラ成型パーツですね。

ホンダ第3期F1挑戦は、“ホンダ最後のワンマン社長”川本信彦氏のフルワークス参戦宣言もあり、待望の自社製シャーシ+エンジンに、多くのホンダファンが期待を抱きました。
しかし、社内の「F1反対派」が巻き返し、後任の吉野社長は対外的に腰の引けた発言が多くなり、やがて既存チーム(BAR)へのエンジン供給と言う、またしても中途半端な形でのF1復帰を模索します。
イギリスに創設された旧HRD(ホンダ・レーシング・デベロップメント)で、マシン開発を託されていたテクニカルディレクター(技術責任者)のハーヴェイ・ポスルズウェイト博士は、ホンダの裏切りに失望しながら心臓発作で急逝。指揮下にあったHRDも解散されました。
その後のF1復帰劇ドタバタ顛末は、周知のとおりです。

ポスルズウェイト博士は、その長いキャリアの殆んどをティレル(私達の世代には、タイレル!)で過ごし、特に70年代、伝説的ワールドチャンピオン“フライング・スコット”ジャッキー・スチュワート、名物オーナーだったケン・ティレルのトリオで、チームの黄金時代を築きました。
数々の名車を生み出した彼の遺作「ホンダ RA-099」は、実戦経験すること無く「走る実験室」の役割を終え、文字どおり“幻のホンダF1”となりました。


俯瞰で見ると、1999年当時のF1トレンドに沿った平凡デザインが分かります。良く言えば、無骨で頑丈そう (^_^;)
前後のウイング・サイズを除けば、回帰した2009年規定F1に近い“こざっぱり”した外観。
この芸風こそポスルズウェイト博士の真骨頂ですが、「テストベッド=走る実験室」には最適だったと思います。

ダラーラがマシン製作(設計はホンダ関与)した関係か、F3000(或いはフォーミュラー・ニッポン)ノーズ周りと、オーソドックスなF1・サイドポンツーン合体させただけの印象ですが、特例参加した1998年シーズンオフ合同テストでトップタイムを叩き出すなど、侮れないポテンシャルを秘めたマシンでした。



2009年F1も開幕2戦を終え、新チーム「ブラウンGP」のジェイソン・バトンが連勝しました。
ご存知のように、ブラウンGPが使用するマシン「BGP001/メルセデス」のシャーシは、元ホンダF1チームが2007年シーズンオフから開発を始め、2008年シーズンをまるまる棒に振ってまで持てるF1資源を集中して完成させた、2009年新規定適合マシンです。
ホンダDNAの後継者に祝辞と賛辞を送った?
ハッキリ言って、アホです、ホンダ! _| ̄|○
ホンダの自己都合で切り捨てた、もう無関係なチーム。
性能で劣るホンダ製エンジンから、メルセデス(イルモア)製に積み換えたのが勝因?
第3期F1参戦ホンダ・エンジン最強説は、明らかな幻想でした。
昨年、一昨年、いえ、それよりずっと前から私たちは、スリップストリームでも離される“Hマーク”の姿を、嫌と言うほどTV中継で目の当たりしました。

「レースがホンダのDNA」
信じられません。信じたい気持ちは山々ですが・・・故本田宗一郎氏のDNAは、川本社長体制を最後に途絶えたと思います。
最早、売り上げと利益の半分以上を稼ぎ出す「アメリカ・ホンダ」派閥と、大企業「ホンダ」に就職したサラリーマン派閥にとって、F1参戦など経費の無駄遣いに過ぎません。
レース参戦継続の必要性あるなら、アメリカ市場で有益な「IRL(インディカー・レーシング・リーグ)」エンジン供給と、「ALMS(アメリカン・ル・マン・シリーズ)」やりゃあ良い理屈。
ホンダファンには信じ難いことですが、現在のホンダ社内は「F1反対派」が主流でしょう。
日本のスーパーGT?
コスト掛けず、2009年規定シャーシ見送りましたね。てか、今だに、生産中止した歴史遺産「NSX」使ってる (-_-;)

そもそも、F1を統括するFIAや、商業的興行権を握るバーニー・エクレストンに参加チーム数制限を特認させた“オール・ホンダ”のはずが、迷走してBARへのエンジン供給参戦。
ところが、2007年F1タバコ広告全面禁止でスポンサー兼オーナー撤退・・・ホンダ自らBAR買収するも大口スポンサー獲得出来ず、苦し紛れのアイデアから生まれた意味曖昧「アースカラー」は、本来のF1参戦意義を見失った実態の象徴でした。
そして、世界的経済危機勃発するや否や逃げ出す行動原理に、国際社会の縮図であるF1界の失笑を背に受けながら、敗戦撤退したのです。

最高峰の自動車世界選手権を存続させる為、メルセデス、BMW、ルノー、そしてトヨタは踏み止まり、フェラーリやウイリアムズさえ逃げません。
たとえそれがやせ我慢でも、大人と子供ほど対応の違いを感じます。
「サラリーマンにはF1をやらせるつもりはない」
川本信彦元社長の言葉ですが、今のホンダは「サラリーマン集団」です。

真実は違う!お前は視野が狭い!殆んど憶測だろう!・・・ご批判、ご意見ご尤も。
あくまで私論、強制する気など更々ありませんが、タイトル引用した「ホンダF1従軍記者」の本(下にあるアマゾンさんリンク)は興味深い内容ギッシリで、一読の価値ありますよ。
以上、私自身「さらば、ホンダF1」する趣旨なので、平にご容赦下さいませ m( _ _ )m





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